エストニア挽歌:ユリ・タルベット

1994年9月28日の真夜中、船員たちが「船の墓場」と呼んでいるバルト海域でエストニアの首都タリンとスウェーデンの首都ストックホルムを結ぶ旅客フェリー、エストニア号が沈没し、900人以上にもおよぶ人命を海底に引きずりこんでいきました。平穏な時代にこれほど多くの人命を奪ったバルト海での難破の例はほかに見ることはないでしょう。技術的な障害や人為ミスは、意図的行為のほかに、難破船を生む原因のひとつとなっています。結局のところ調査委員会が辿り着いた唯一の結論は、巨大な船が水によって倒された、ということのみでした

こんなことが現実に起こるはずがない。
その朝、不信感から湧きでる鋭い痛みが喉をつまらせた。
地球が我々を地下に引きずり込むかのように、足が赴くまま、
突然、まるで裸で無抵抗な子供たちを、
夢の中から鉄のように冷たい腕の中へと引き込むように、水が彼らを引き裂いた。

こんなことが現実に起こるはずがない。
自由とは最終的に喜びと暖かさを意味するはず。
いつものようにエストニア号は誇らしく、先頭を切って進んでいた。
薄明かりのなかに存在する過去の時代を結ぶロープがついに忘れさられ、
暗黒の中世も、愚かなタブーが蔓延する時代も
過ぎ去った過去となろうとしている時に。

ドイツの領主に、バイキングの子孫に、ロシアの茶番に、
あれだけ頭を下げたというのに、
そしてあれだけ湿地の端にあった切り株や石を運搬したっていうのに。
やっとのことで人々は権限を手に入れたというのに、
慰めの饗宴は、永遠には続かなかった。

(この世は、神の言葉を伝える預言者たちの息が、
両耳に圧力をかける。
ヘーゲル、マルクス、レーニン、バフチン...
右側からか、左側からか、
それはあなたの地理関係によるけれど。
かわいそうなユダヤ人のユーリ・ロートマン*、
悲しくも、もろいこの世の狭間で、預言者になる望みもなく
タルトゥの墓地で、つぶった目はもう大空を見上げることもない。
ヨーロッパの湿った冷たい秋の日、言葉を失ったホームレスのように
晩年、ロシアからはじまり、最期はラトビア。
彼の唯一の賛辞は淡々と冷淡に過去に向かって流れている、豊かな河から聞こえる
バイオリン演奏によるナイチンゲールの歌だけ)

こんなことが現実に起こるはずがない。
神についての愚かな詭弁、罪や断食の義務、
十字架の騎士が殺されたとき、一体どこにキリストはいたのか。
メアリーランドの子供たち、強姦された女性や少女たち、
かろうじて屋根のある、新天地の住まいで、
我々は、シベリア平原の絶え間なく降る雪が凍りついた地を背に、
我々が誕生したという荒廃した大地に立ちつくす。

こんなことが現実に起こるはずがない。
過去、何千年もの間、ヨーロッパに腰を据えてから、
初期の開拓者、とくに強者が弱者に対しては、
貪欲なイナゴの大群のように襲いかかり、
空腹を満たそうと、暗く甘い未知なる胎内で、
略奪によりこの地を作り上げていった。

それからというもの、絶壁、苦味など死が投げかける冷たい笑みが蔓延している。

少なからず誇れるものはないのか。
また、我々が真っ昼間の悲しげな空の下で望んだこととはなんだろうか。
エストニア王は、ウメラの戦地*から立ち上がり、
敵対する搾取者の血で光る剣を、
感極まり太陽に向かってそれを掲げた。

突然、客船の灯りが消えた。
水で満たされた母体の、海藻の、静かな魚の群れの中で。
子供たちが眠り、夢をみるころ、
明るい夏の朝の光をうけて。

こんなことが現実に起こるはずがない。
我々は、歴史の泥に埋まり、
卑劣な領主からの助けを求めています。
でも、ヨーロッパの城の無限の続く廊下で、
そして、数えきれないほどいるネーデルラントの画家たちの中で、
誰が画家ミケル・シトウのちっぽけな名前を気に留めるでしょうか。
レンズを通して照らし出された部屋を通してみたとしても、
一体、誰がシュミットの流した汗と魂に気付くというだろうか。
または、ネクタイを締めてない連隊の後方にいる、
ロシアの公務員の中では忠実だったマルテンスに誰が気付くだろう。

エストニアではロマン詩人ジョン・キーツと同様、
詩人クリスチャン・ピーターソンは若くして亡くなったが、
少なくとも我々エストニアの国民的叙事詩を完成させた
作家のクロイツヴァルトは英雄となった。
メアリーランドやギリシャの神タルタロスにもみるように、
それはイタリア人の詩人ダンテが古代ローマの詩人バージルを見出したように。
(その時点でドイツではゲーテによる長編の戯曲「ファウスト」が、
天国で聖母マリアの膝の上に添えられていた。時すでに遅し)。

また流れ落ちる漆黒の髪が、あたかも生粋のエストニア人だと物語っている
たそがれの詩人、リディア・コイドゥラは、
ペルーのインカ帝国から現れたかのようで、
彼女の髪はまるでベルベル人の女性の髪で作られた芸術家ビーラルトの絵筆のよう。

しかし作家アントン・ハンセンの名字、タムンサアーレのようなややこしい名前を
一体、誰がちゃんと発音できるのか。
地球くさい、バスク人の話す言葉や、
アメリカ原住民の話すナワトル語や、ケルト人のナンセンスな発音と同等の、
このエストニア語を
一体、誰が気にするというのだろう。

こんなことが現実に起こるはずがない。
またエストニアは、共同墓地に一気に埋まろうとしている
大変、急な出来ごとだったため、
時間という霧の中で、あるものは『主』(あるじ)を演じ、
他を従わせ、そして祖国を愛し、
死の間際まで歓喜もって行為に及んでいた者たちへ、
神でさえ打つ手もなかった。
ああ、死をもたらす怒りのダンス!
身に着けていた服も引き裂かれ、
顕わになった肉体もが骨まで引き裂かれ、
アリの大群がそうしてきたように、
彼らのか弱い肉体を、今日の風が吹きぬける。

ああ、順序立ったアルファベットのように訪れる死は、
腹黒い者や、知能明晰な者の高笑いも、気に留めることもなかった。

エストニアが、溺れかけたロシアに手を差し伸べ、
骨ばった胸のスウェーデン人たちが、
凍結するエストニアに暖かさをもって手を引いたとき、
すべての言語は「ゼロ」に戻されたのに。

今世紀は北欧の獅子が制覇する地で、
もう十分に濡れた足に血が流れるまで踏みつけられたではないのか。

こんなことが現実に起こるはずがない。
暗い夜が覆いかぶさる
まだ波立っている海面で、
背後には邪悪な、そして脅迫的な魂がいて、
歌の祭典でよくエストニア人があげるような叫び声がこだます中で、
疲れ果て、夢の狭間で無理に奮起してまで、
どうやって慰めることができるだろう。

私はあなたの墓標や、生きた証などには興味がありません。
それは墓石の裏に隠された、もっと大きな事実にも。
私は興味を持っているのは、人の生きざま、容量の大きさ、
万華鏡のように時間をもって色の変化をもたらす、人が持つ特有のもの。
それは放たれた魂のような、
ちょうどのギリシャの芸術家から学べる第4の巧みな動きのような、
安全な、幸せに満ちた扉を開くもの。

こんなことが現実に起こるはずがない。
何千年もの間、すでに我々はヨーロッパ人だった。
マルクスとフリードマンが存在する前の何千年もの間、
我々はオデュッセウスの妻、ペネロペの心情を知っていた。
それは貝紫色に魅了されることを止まず、
オデュッセウスが妖精ナイアと戯れ
彼の旅路が決して終わることがないことを、心の底では願うもののようであり、
貧しい孤児のテレマコスが本当はオイディプスであり、
そして寝室のベッドを大きめに作ってくれた彼の両親を永続的に困らせるようなものであり、
1990年代初頭に東スラヴの賢明な胚芽がフランスの首相を悩ませ、
ついに彼の頭に弾丸を撃ち込むにいたらせ、
多くの同僚に衝撃を与えた事件に見られるようなものである。

再びあなたは神話に登場する、
でも我々は残された時間はあまりない。
どうしてゴンサレス氏やコール氏が、
私たちの頭上で崩れかけるオゾン層の心配をし、
エストニアの溺死やヨーロッパの沈没の悪夢を見ているのか。
もし我々の頭と胃が、最愛の同胞を心配するがために毎週末、痛むなんてことがあり、
彼らの愛車が新鮮な空気を求めて海岸に出かけて行くなんてことがあると、
それは全く、バイエルンがリアルに完敗したり、完勝したりという
一風変わったことが起こるようなもの。
ソーセージ価格が見えない壁によって影響されてきたように、
そして今までマルクスの精神が、
私たちの強烈な打撃にも負けず、
私たちの暖かい抱擁にも惑わされず、
ウンター•デン•リンデンとティアパーク動物園*との間で
漂よっている冷笑のように。

これが現実に起こるはずがない。
何千年もの間、我々がヨーロッパ人として存在してきた。
私たちが復興するにあたっては、助産師のように、
神経質にせわしい哲学者プラトンの姿があった。
彼から学んだことは、「愛」というアイデアは、
愛それ自体よりも重要であるということ。
彼はウンベルト・エーコの心に咲いたバラを輝かせ
どろどろした井戸の中から、ユーリ・ロートマンが
かすかに息づく生命をみつけ出し、それを救助するよう手助けした。
しかしプラトンは、かつてだれかを愛していたのだろうか?
愛は愛される者には宿らず、
愛する者にのみ宿ると、
彼が主張したように。
しかし、私たちにそんなことを知るすべもない。
アムステルダムでは、
シンゲル運河で漂流ゴミの中で、
恋人たちが戯れている。
彼らは、緑か、黒か、あるいは白い頭蓋骨から、
そして、しわの寄った、
もしくは、滑らかな脳みそから、
悲しくくだらない要素を解き放つ。
(見てください!泥だらけのレンブラントや、
恍惚とした、凛としたヴァン•ゴッホの
肉の塊の中で絶望が浮かぶ絵を)。
あなたは一体どうやって、家に、自分自身に、
雄大な奥の深い心に、
緑がまぶしい朝の霧につつまれたエストニアに、
帰っていくというのだろうか。
そこには、夜な夜な全知が埋もれる泥沼で、
再度、幼児として生まれ変わる
揺れ動くヨーロッパがある。
でも、あなたは自分について何も知らない
背後にそびえ立つ、天まで届きそうな壁が立ちふさぐ時、
(無数の都市、山、川、深い三角の井戸、女性の胸、
忘却、墓地と骸骨、十字架、銀の髪、静脈の王冠、そして思い出などの)
ほのかな憧れを奪い去り、他者の野次がこだまする。
(多くの預言者は、そういった憧れの中で生きることなく死んでいき、
または、恋い憧れるもののために死ぬことなくのうのうと生きた。
プラトンのケースでも明らかなように、自分の中で完結しているような愛は、
実は不十分で、さらに「愛」というアイデアにも満たない。
しかし、パール詩人による物語に登場する緑の騎士は、
少なくとも3回はあなたの忠誠心を試す。
忠実であれ!
虚栄心でいっぱいの頭を覆い隠す黄金の巻き髪の持ち主が、
3回目の試みで、不実を暴かれた時、
その頭を上げることは二度とできないだろう)。

全ての出来ごとは暗示、霧、夢、非現実的といえるかもしれません。
つまりは一瞬にして世の狭間に消えて去ってしまうようなこと。
その夜、愚かにも精密なコンピュータが、
濃い霧と海藻に包まれたなかで、作動を停止した。
ヨーロッパが、エストニアが、だれかのバラが、
そして、まだ名もない者が(宇宙に生まれ、土壌、水、匂い、種子、火、
またはどんなにはるか遠くでも、確固たるものが)存在したという真なる事実に、
神がまだ認識していなくて、
私もあなたも、たまたまその場所に居合わせなかった。
自分自身に問いかけてみる。
私たちは誰なのか、
優しさ(うわべだけじゃなく)、愛(血のつながりを超えて)、
希望の光(屍ではなく)を保持する、唯一の真の存在として。

 
1994年10月
ユリ・タルベット

*ユーリ・ロートマン(1922-1993)は文芸学者であり文化史研究家。
*ウメラの戦地は、1210年にウメラ河近辺で起きた、エストニア軍、ドイツ軍、リーヴ人を巻き込んだ争いの舞台をさす。奇襲が功を奏しエストニアの勝利に終わる。
*ウンター•デン•リンデンはベルリン(ドイツ)にある大通り。ティアパーク動物園もベルリン市内にある動物園。

ユリ・タルベット(Jüri Talvet)はエストニア人の詩人で1945年12月17日にバルト海のパルヌ湾に位置する都市パルヌで生まれました。1972年にタルトゥ大学で英語学で修士学位を、1981年にレニングラード国立総合大学(現サンクトペテルブルク国立大学)で西欧文学の博士号を取得しました。
タルベットはスペイン出身の作家フランシスコ•デ•ケベードやガブリエル•ガルシア•マルケスなど作品をエストニア語に翻訳しています。その他に、多くの国に訪れエストニア文学についての講義をしています。今までで客員教授として訪問した国々は、キューバ、メキシコ、ニカラグア、スペイン、フィンランド、ノルウェー、ベルギー、ポーランド、スウェーデン、米国、カナダ、オランダなどです。
また、数多くの詩、散文、批評を出版しており、エストニア文学年次賞を1986年に、詩人ユハン・リービ賞(仮訳)を1997年に受賞しました。2002年には彼の詩やエッセイに対してイヴァーイバスク記念賞(仮訳)が授与されました。

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